絶食。

思いつきで始めた「絶食」だが、いろいろと分かったことがある。


結果を言うと、

絶食期間は、36時間くらいであった。

2日前の夕食から、今日の朝までだ。

丸1日食事をしなかった(水分はとったが)2日目は、午前中は読書をして、

午後は、フットサルをしていた。

不思議なのは、運動した午後よりも、椅子にずっと座っていた午前の方がお腹が減っていたことだ。

ふと本から視線を外すと、つい食べ物のことを考えていた。

何もしていない分、お腹が減っていることを意識してしまったのだろう。

逆に午後は、フットサル中も空腹感を感じなかった。

家に帰って眠りに落ちるまで、食べ物のことを考えずに済んだ。

なぜだろうね。

自分でもよくわからない。

「明日も食事なしでいけるだろ。」と、甘く考えていたが、



やっぱり甘かった。



3日目(つまり今日)は、朝からフットサルする予定だったから、駅に向かった。





すると、駅前のある看板が僕の目に留まる。







[すた丼]






次の瞬間、気づいたら、僕はすた丼を頬張っていた。



みなさんご存知の通り、僕は無類のすた丼好きだから、我慢できなかったのだろう。





初めて食事中に泣いた。





本気で感動した。




この時、僕の頭の中にあったのは、たった1つの言葉。





「空腹は、最高の調味料だ。」



この言葉の意味を、身を以て体感した。





これら全て、2,3分の出来事である。



「ブタさん、ありがとう。」


そう言い残してお店を出た。


このすた丼事件は、


成弥史上、1,2位を争う快事件である。




たった600円で最高の快感を味わうことができた。

あの一杯のどんぶりになら、10万円でも払いたい。



わかったことは、「お金」は使う人の状況によって、その価値が全く違うのだ。


小腹がすいている僕にとっては、600円の価値。


1日半もの間、何も食べていない僕にとっては、10万円の価値。


1杯のすた丼でもこれだけ価値が違う。

だから、一杯600円のすた丼を高いと思う人は、すた丼を食べてはいけない。

1食3万円のイタリアンを高いと思う人は、イタリアンを食べてはいけない。

1冊1500円の本を高いと思う人は、本を買ってはいけない。

自分にとって、「こんなに安くていいの!?」

「これじゃ儲けも何もないでしょ!安すぎる!」

と思える物のみにお金を払うべきだ。


そもそも、供給者が利益のために提示する値段と、

需要者が買ってもいいと思える値段が一致することはほとんどないのだ。

もちろん、大学で教わった経済学では、市場には均衡価格が存在する。

「両者が適正だと判断した場合にしか取引は成立しない」という前提があるからだ。

しかし実際には、他に手頃なお店がないという理由で、「しょうがなく」ランチに1000円払い、

安い価格設定でなければ客が来ないと言う理由で、「しょうがなく」1000円でランチを提供している。

店側も客側も、不満を持ちながら妥協した日々を送っているのだ。



そんなのは、楽しいわけがない。


客側に関して言えば、

「質の割には値段が高い」と思い、不満たらたらながらも「しょうがなく」お金を払う人と、

「こんなに安くて大丈夫?」と店側を心配し、「ありがたく」感じながらお金を払う人の2通りしかいない。

お腹が極限まで減っていたから、僕は後者の支払い方ができた。

今後僕は、少なくとも食べ物を提供してくれるお店には、感謝しながらお金を出せるだろうね。

たった600円で、泣くほど旨いご飯が食べられるありがたみを知っているから。



「ランチは1000円まで」と決めているビジネスマンのみなさん。


水だけで生きてみよう。


食のありがたみを実感できるよ。


もちろん、絶食は大変だけどね。。


追伸 「食事なしで何日間いられるか」の人生最長記録に挑戦しよう。
     
そして、「ありがとう。」とお店に感謝ながら、お腹を満たそう。


追伸の追伸 値段が高いと思う物に出会ったら、


自分がそれを1から作る場面をイメージしてみる。


するとすべてが安く思える。


木村成弥

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